民放の時代劇やドラマ、アニメを見ていると、時々、「えっ。この時代にこんな言葉使いするの?」「この時代にこれはまだ普及しとらんぞ」ってコトが気になって、話の本筋に全く集中できなくなる……というのは、歴史好きにはよくあることかと思います。
NHKの大河ドラマや朝ドラでは、毎回必ず「時代考証」という専門のスタッフが付いて、時代設定的に違和感のある言葉は無いか、言い換えはできないかなどを検討しているんだそう。
この本は、そういう時代考証を担当した著者が、元々内部向けに作っていた資料を出版したものです。
項目毎に五十音順になっていて、ある言葉や物事がいつ頃からいつ頃まで使われていたかとか、このように言い換えるべきだとか、そういったことがまとめられています。
あかんべえ【あかんべえ】
大河『平清盛』で、成海璃子があかんべえをするシーンがあり、「やらせていいか」とスタッフから質問が来た。へいあんじだいにはすでに「あかんべえ」があったようである。なぜなら一一世紀前半に成立した『大鏡』に「めかゝうをして児をゝどせば」とある(岩波新書『日本古典文学大系21 大鏡』第三巻、一五三頁。角川文庫、一五五頁)。
(略)
で、ドラマでは実際に「あかんべえ」をしてとてもキュートだった。→[子供の遊び][とても]
時計【とけい】
角川栄『時計の社会史』(中公新書)によれば、
(略)
よって戦国時代には、和時計も、分針付き時計も存在しない。以前大河『〇×と△□』で「約束の時刻まであと〇分しかない!」というサスペンス場面を作ろうとしたが、成立しないので止めた。そもそも日本人が分単位の時間感覚を持つのは近代である。
このような感じで、大河ドラマの裏話的なものも時折交えつつ、詳細にまとめられています。出典もきちんと明記されているのが流石NHKという感じ。
そのほか、「こっくりさん」は明治以降にアメリカから伝来したものだから江戸時代の時代劇で使っちゃダメとか、「信仰」は江戸時代だとニュアンス違うので「信心」と言い換えるとか、扇の使い方小銃の使い方敬礼のし方などなど……。平安時代から戦時中に至るまで、色々な事例が載っています。
面白いなぁと思ったものをいくつか挙げてみますね。
マジ【まじ】
「え、マジか?」といった言い方は江戸時代からあり、一八世紀末にはかなりはやったという。近代の俗語ではない(東京新聞朝刊、二〇〇三年三月二八日)。
マジか……。
武家の妻の名前【ぶけのつまのなまえ】
細川忠興の妻の名を「細川たま」とするのは間違いで、「細川忠興の妻 たま」とするのが適切。明治になるまでは一種の夫婦別姓で、婚家の姓を妻が名乗ることはなかった。浅井長政の妻市は、「浅井市」ではなく、正しくは「浅井長政正室織田氏」であるし、同様に「豊臣おね」ではなく「秀吉正室杉原氏」となる。名前のスーパーでは注意。町人でも「大工熊五郎女房 おとら」等となる。→[細川ガラシャ]
これは知りませんでした。夫の姓は名乗らないんですね。
ヒメジョオン【ひめじょおん】
明治期の帰化植物。ハルジオンは大正期。ともに時代劇のロケでは見つけ次第引っこ抜くべし。→[セイタカアワダチソウ]
現場の努力やこだわりが感じられますね。よぅやるわ……。
大尉・大佐【たいい・たいさ】
昭和期の旧日本海軍では「だいい・だいさ」といった。
(略)
「ひょっとすると、大正末以降に陸海軍の対立が激化するに従って、陸軍と違う海軍読みとして始まったのかもしれない」
海軍としては陸軍の意見に反対である(キリッ
この本、帝国陸海軍の慣習とかにも色々と触れており、たとえば、
小銃の担い方【しょうじゅうのにないかた】
(略)
②旧日本軍では基本的に右肩に担う。これは自衛隊、米軍も同じ。ただし、旧軍経験者によれば、長時間の行軍で披露を軽減する時は号令によりいっせいに右肩に担いなおすことがある。
(略)
⑥ある戦争ドラマで日本兵が小銃を負皮(ベルト)で右肩に吊って行軍していたが、これは米軍の影響を受けた自衛隊のやり方で旧日本軍のものではない。旧軍と米軍の影響を受けた自衛隊では、細かい動作がかなり違うので注意が必要である。
とか、
トレンチコート【トレンチコート】
(略)
トレンチコートは自衛隊の制服にもあり、友人の長谷川修二二等陸佐に確認した所、「結びません。何故かと考えれば」、
①だらしなく見える。
②統制しにくい(部隊の全員が同じ結び目を作るのは無理)。
③本来ベルトを通すものが付いている訳であるからそれを使用すべき。
とのことだった。②は民間人には思いもよらないが重要な指摘である。
(略)
など、艦これの二次創作をやる人や、コスプレイヤーさんにとってもとても参考になる情報が沢山。
最近、いわゆるなろう系など、Web小説で中世近世近代をテーマにした小説を書いてる人も多いかと思いますが、そういう小説を書く際の資料としても大変おすすめです。
ここまで専門的な内容でありながら、価格や大きさは普通の文庫本相当で、色々な意味で携帯しやすいですし、ちょっと時間ができた時の気楽な読み物としても面白いです。
残念な点としては、どうやら電子版が無さそうだという所。できることなら、電子辞書とまでいかないにせよ、単語で検索をかけやすいEPUBやMOBIなどで出してもらいたいですし、そうであったなら、常日頃持ち歩いて楽しむことだってできたんですが……。