2017年秋アニメ「キノの旅」のレビューです。ネタバレばりですが、先に言っておきますと、キノの旅は、ネタバレされても充分楽しめる作品ですし、何度も見たく読みたくなる作品ですから、気にするのはヤボというものでしょう。
とりあえず、第1話から第5話までです。
第1話 人を殺すことができる国
ハリウッド映画の演出手法に、最初と最後に似たシーンを入れると、映画全体がまとまって印象的に見えるといったものがあるそうで。キノの旅は、キノが入国して出国するまでで1話を形成する事が多く、結果的にそういった効果がよく見られます。「人を殺すことができる国」は、典型でしょう。
冒頭と最後の2人の旅人(移民)は、見事に対照的ですね。この話は、冒頭と最後とに出てきた2人の旅人の対比によって構成されているといってもいいでしょう。おそらく、後者の人間は「人を殺すことができる国」に適した人材で、前者は全く不適な(勘違いした)人材という意図なのだと読めます。
「~することができる」という言葉は、実際におこなうか否かではなく、単純にその能力があることを示しています。食べ物は、人間にとって食べることができるものですが、食べることができるからといって、全ての人間が食べる訳ではないですよね。もしあなたが喋ることができるとして、喋ることができるからといって、明石家さんまのように常に喋りっぱなしという訳ではないでしょう。
通常の(冒頭の旅人の母国のような)国の治安は、おおむね、人を「殺せない」ようにすることで成立しています。武器や武器になりそうなものを所持できないようにしたり、殺人を「できない」ものとして、あらゆる手段をもって、ある種道徳的に洗脳する訳です。 冒頭の旅人の母国では、「人を殴っただけで白い目で見られる」とのことなので、おそらく、彼自身、人を殺したことが無いんじゃないでしょうか。
人を殺せないようにすることで、殺人を予防するというのは、手法として一番楽ですし確実で、現実的です。しかし、「できない」から「しない」というのは自明で、本人の意思ではないんですよね。そして、人間って往々にして「できない」ことを「できる」ようにしたい欲求に駆られるので、「人を殺すことができない」国の住民がある日突然「人を殺すことができる」ようになった場合、理由とかすっ飛ばして人を殺したくなるというのは容易に想像できます。ただ、今まで「人を殺すことができない」状態だったから殺したくなったというだけで、これにしても、考え方によっては本人の意思でも無いわけです。
「人を殺すことができる国」の住民は、みな、「人を殺すことができる」のです。つまり、人を殺したことがあり、またその能力を持ち続けている人たちです。そして、人を殺す能力を持った状態で、そのうえで、人を殺さないことを選択している人たちです。人を殺せないから殺さない人と、人を殺せるけれど殺さない人。人を殺さないという点では同じでも、後者の方が何の強制も無く(「殺したら殺される」という最低限かつ最大の抑止力を除けば)本人の意思と理性によって行っている分、もしかしたら尊いのかもしれません。
「彼らは、気兼ねなく殺せる人を待っているんじゃないか」って見方もあるでしょう。たしかに、入国審査官の言い回しはちょっと不親切な感じも受けますしね。ただ、だとしたら、「キノの旅」の作風的には、もっと狂った感じで描写すると思うんですよね。もっと八つ裂きにするとか、殺すこと自体をお祭り騒ぎにするとか。殺した後、ちゃんと悼んで共同墓地に埋葬している感じからすると、単に「殺人者は皆で殺す」という不文律に従っているだけのように思います。
多分、最後に出てきた旅人みたいな人が集まってできた国なのでしょう。レーゲルさんにしても……どうなんでしょう? テロリストってことは、一種の政治犯なのかもしれないので、単純に「連続殺人者」とは違うのかなぁとも。
……まあ、どちらにしろ、ああいう国があったら、殺し屋の中立地帯みたいな感じにしかならないと思いますけど。
……ああ、そうそう、「人を殺すことができる国」が入っている『キノの旅V」には、「店の話」「英雄たちの国」などという短編も入っているのですが、これらもなかなか面白い話です。
第2話 コロシアム
この話は、「キノの旅」の中でも最初期の作品で、たしか、時雨沢恵一先生が電撃文庫大賞に応募した作品が元になっていたかと思います(で、元々のバージョンでは、キノが負傷して医務室で性別バレするシーンがあったんでしたっけ。たしか)。いわば、「キノの旅」のパイロット版ですね。
「キノの旅」初期の話は、キノとシズとの対照が割と意図されているようで、善人のシズに対して少しダークヒーロー的なキノって感じの描写が多いです。「師匠」が登場して以降は、悪人要素を師匠が担うようになり、キノは外見同様の中性的な感じになりました。
「コロシアム」は、以前、OVAでもアニメ化されてました。その時は2話に跨がってましたが、それを今回は1話に圧縮。それゆえに、バトルシーンはほぼほぼカット。仕方がないですね。もし、キノのかっこいいバトルを楽しみたいなら、原作をおすすめします。ただ、描写がかなり血生臭いですが。
ニコ動のコメでは「カマセ」とか言われてましたけど、原作ではちゃんとバトルシーンもあって、しかもキノもそこそこ苦戦してます。
「キノの旅」は、見るタイミングによって感想が変わる話が多いので、時たま読み返したりもします。
この「コロシアム」、1番の謎は、キノが以前会った馬車の夫婦だと思います。最初私、妻が夫を殺すために、ああいう国だと夫には伏せて入国したんじゃないかと思いました。しかし、よくよく考えれば、仮にそうだとして、キノにあの国を勧める理由が無いんですよね。だいいち、誰が誰に当たるかなんてランダムでしょうし。
で、今回、アニメを見て初めて気付いたんですが、副題の英文、「Avengers」になってるんですよね。つまり、複数形。復讐者「たち」。作中で明確に復讐者として描写されているのは、シズだけ。では、シズ以外に復讐者は居たのでしょうか。
おそらく、馬車に乗った妻は、コロシアムの国に復讐するために、腕利きだと思った旅人をあの国に送り込んでいたのでしょう。あわよくば夫を殺した人を殺すか、国自体を滅茶苦茶にしてくれることを期待して。
キノは多分、入国の時のやり取りで、妻の意図に気付いて、「たまには自分の全力を出す」ために、妻の復讐を肩代わりしたのでしょう。結果的にシズの復讐も肩代わりすることになりましたが。
やってる内は楽しいかも知れませんが、終わってしまうと、さて、労力に対して得られたものは……。
キノは、静かにこう言った。
「復讐なんて……、ばかばかしいですね」
シズは笑顔のまま、小さく頷きながら、
「ああ、ばかばかしいね」
そして二人とも、しばらく黙った。
第3話 迷惑な国
私の、何気に好きな話です。キノの旅の中では、比較的痛快な方だと思います。 あとまあ、「船の国」をやるなら、先にこれをやっておかないとね。
今回のアニメ化では、国毎に生活様式をかなり変えていて、見てて楽しいです。なんかアニメ化に際してゴジラをオマージュしたらしいですが、言われてみると、平成と昭和の対決みたいな感じになってましたね。服装とか車とか。
まあ、どちらの国にしても、迷惑には違いないのですが、私は、平原を塞いでる国の方がより迷惑かなぁと思います。キノの旅の世界の場合、ああいう平原を封鎖してしまうような城壁って、多分、国際常識(というものがあるなら)に反してると思います。「恵まれた環境を悪用してる」って、お前が言うなって話でもありますし。
で、最後キノが「森の人でさえなければ」みたいな事を言っていましたが、その森の人の入手経緯が知りたければ、『キノの旅II」の「優しい国」を読むといいでしょう。……と、書こうと思ったけど、今回この話もアニメ化するんですね。今から楽しみ。
キノの行動に違和感を覚えた人は、とりあえず「優しい国」をお楽しみに。
「しかし、危険ではありますよ」
「大砲で撃たれなければ大丈夫です」
「キノさんにそこまでしていただかなくても」
「乗せてもらったお礼と、子供達のためです」
(狙撃直前のシーン)
「今頃、必死に城壁修理しているかな?」
「かもね」
キノが笑いながら言って、そしてふとつぶやく。
(最後のシーン)
アニメでは省略されていたんですが、原作ではこういうやり取りもしていました。この辺りのやり取りからも、キノが移動する国の方に割と肩入れしていたのがよくわかります。あとついでに書くとしたら……、キノって、結構子供好きなんですよ。だから、子供が泣くのとか見たくなかったんでしょうね。
人って多かれ少なかれ周囲に迷惑をかけながら生きているものですが、力持ってる人の迷惑の方が優先的に受け入れられやすい(受け入れざるを得ない)ですわね。そして、力が持っている人がその力に溺れてさえいなければ、その迷惑は最小限で、せいぜい城壁をぶっ壊して、田畑を掘り返して、農家を踏み潰す程度で済むのでしょう。
動く国が、さっきまで城壁だった瓦礫を踏み分けていく。男がマイクを取った。
「通過します。どうもお騒がせしました」
あなた方には破壊した城壁と家と車と畑の謝罪と、損害賠償を要求する。これは我が国の持つ正統な権利である。移動を停止し、我が方の交渉に応じよ。将軍の、怒りに震えた声が返る。
「どんな理由であろうと、先に戦争をしかけてきたのはそちらですし、私達は負けてもいませんので、そのようなことには応じかねます。二度とこちらの土地には来ることはないと思いますので、あなた方もいつまでも根に持たずに、その土地に再び作物の種を植えられ、心穏やかな日々を過ごされるよう希望します。それでは、ごきげんよう」
男が平然と言って、交信を一方的に打ち切った。
第4話 船の国
私的には、あまり好きではない話。……てか、ティ登場回でちょっとストーリー構成に無理がある気がするんですよ。なんか。
いや、シズの旅仲間としてティって必須だとは思うんです。シズと陸だけだと、あまりに安定性が高すぎて、上手くストーリー回りませんから。
シズって、基本善意で行動するんですけど、結果としては大抵残念なことになるんですよね。なんかズレてるというか、何というか。
この話で、船の住民側の郷土愛的なものに共感した皆様、「優しい国」はティッシュ片手に見た方がいいです。あと、シズの酷い話とティの爆弾魔な話が読みたければ、『キノの旅IX』の「電波の国」とかオススメです。
第5話 嘘つき達の国
Bパートは私の好きな話のひとつ。Aパートの話は、読んだ記憶があるようなないようなで、どの話だったか……。ただ、宿屋の息子(娘?)さんとキノとの受け答えにはちょっと特別な意味があります。詳しくは第一巻の『キノの旅』の「大人の国」を参照あれ。
Bパート原作「嘘つき達の国」は、「迷惑な国」同様に『キノの旅VII』に収録されています。これを機に少しだけ読み返してみましたが、VIIは「ある愛の国」「川原にて」「冬の話」「森の中のお茶会の話」など良い話が詰まっていますから、もしアニメきっかけで原作を買うなら、この本からスタートするのもアリかも。
あと、この手の話が好きなら、同じ作者の『アリソン』も楽しめそうです。アリソンは全3巻。キノの旅と違って連続した長編です。とくに『アリソンII』は、もしかしたら「嘘つき達の国」と雰囲気似てるかも知れません。
この話は、何か考えさせるというよりは、ストーリー展開と読者へのミスリードが上手い作品だと思います。ですから、この作品だけは、ネタバレNGの扱いにした方がいいかも知れません。……いや、もちろんネタバレ後も充分楽しめますけど。
初見であれば、この国で、このカップルに一体何が起きたか、推理しながら見る・読むといいかも知れません。推理小説とかと同じですね。
しかし……、このアニメ化、凄いですね。家政婦さんのキャラデザがネ申ですわ。いやね、この作品、原作には挿絵すら無いんですよ。まさか、ああいう出来になるとは思いませんでした。
軽く検索かけてみたら、早速Pixivに、R-18で1枚だけですが、イラスト上がってましたし。健全なやつも含めて、彼女らの二次がもっと流行ればいいのに。……私的には、「コロシアム」のおねえさんとかも好きなんですけどね。
小括
今回の「キノの旅」アニメ化、大分前から原作者自身がTwitterで散々期待を煽っていたこともあって、物凄く下馬評が高かった作品だと思います。
そんな、ハードルが上がりきった状態で、なんとまあ、ここまで易々と飛び越えてきてくれるとは。以前のOVAであったような謎のオリジナル要素も無く、ちゃんと原作の良さをそのままアニメ化していると思います。このアニメを気に入ったなら、原作も気に入ると思うので、ぜひ読んでみてください。公立図書館や学校図書館であっても割と所蔵されていると思います。
今回のアニメ化では、国毎に服装の様式が違っているのが面白いですね。前のOVAの時は、ここまではっきり分けていなかったと思います。私的には、この辺も高評価。
あと、同じ旅モノとしては、今期、少女終末旅行もやってます。こちらも併せてオススメ。こっちはポストアポカリプスモノですが。
第6話以降のレビューは、また後日。