この記事は、「まちトドン Advent Calendar 2023」12月20日の記事です。
街歩きの観察対象として、マンホールはなかなか有名ですが、境界杭を愛でているという人は、あまりいないのではないでしょうか。
用地境界杭、境界杭、境界標など色々な呼び方があります。
要は、土地の利用形態や所有状況の境目を現実の土地において示すための標識です。
土地の境界というものは、変わる時には大きく変わりますが、大抵の場合は、大昔の区割りをどこか引き継いでいたりするものです。また境界杭はその性質上、勝手に引き抜いたり場所を動かすことができないものなので、気付いたら大昔の杭がずーっと残って歴史の生き証人になってる、なんて事もあるわけです。
岐阜県可児市にある、可児郵便局の端っこ。向かって左側が元々の郵便局の敷地で、右側が後から増設・拡張された駐車場です。
杭は以前の境界の端っこに立っています。
反対側から。〒の中は赤色に塗られていたようです。おしゃれ。
〒マークに似ていますが、こちらは郵政省じゃなくて工部省。工部省の工マークは、のちに鉄道省、国鉄へと引き継がれています。
……が、これ、場所が問題でして、
JR東海バスの車庫の敷地に立ってるんですよ。……なんで?
まあ、JR東海の傘下の企業だから工の杭が入っていてもおかしくはないのですが、にしても、年期が入ってますよね。JR東海バスがここに工場を作るより前から何かしらに使っていたのでしょう、多分。
普通はこんな感じに、鉄道敷地の端っこに立っています。
こちらは、富山県のJR西日本 旧富山港線。路線の大半はLRTになりましたが、富山駅周辺は線路付け替えで廃止になっています。
ただ、境界杭だけが、かつてここが鉄路だった事を示し続けています。
こちらの境界杭は一見新しそうに見えますが、
古い境界杭を塗り直してテープを巻き付けただけっぽい。
一方こちらは、谷汲線跡地にあった名鉄の境界杭。名鉄の社章が入っています。
名鉄の場合、関係する施設含めて、かつてはこれで統一していたみたい。
こちらは、博物館明治村付近。なんか、側溝からひょっこり顔を出しているみたいでユーモラス。
遺跡みがあります。
遺跡みが溢れすぎてる。ここまでくると、もう、新しく杭を打ち直すしかなさそう。
ちなみに、何かしらの理由で新しく杭を打つ必要がある場合、今はもうこういうMマークの入った境界杭になっている模様。
名鉄新可児駅にて。名鉄の敷地とJRの敷地とが、赤色の境界杭で仕切られています。
こちらは、富山地方鉄道。いかにも「鉄道」って感じ。
十六銀行の境界標。
周囲の景観と凄くマッチした、オシャレな境界標です。オシャレすぎて、全然目立ちません。
関西電力の境界杭。
これはおそらく、荒川豊三資料館の前身の、財団法人豊三資料館、という意味でしょうね。財団法人時代に建てられたものだと思います。
資料館自体は、とてもコンパクトにまとまっていて、また周囲の環境がすごく良いので、都市部からの観光客や外国人観光客はけっこう楽しめるんじゃないかと。
愛知県東海市の聚楽園公園内にあった境界杭。おそらく、聚楽園大仏が作られた頃からあるのでしょう。
愛知県春日井市、高蔵寺ニュータウンのすぐ裏手側に、昭和初期頃に開発された別荘地跡地があるのですが、その近辺にあった境界杭。
矢印タイプのやつではけっこう古そうなデザインしてます。
宮城県仙台市、南仙台の辺りで撮影。「仙水」でしょうか。それにしても、めっちゃ大きい。
こちらはもう少し小柄でシンプル。「仙」。
多分、陸地と海との境目を示してるんだと思います。
同じく、茨城県の道路境界。
裏面の丸の中、大概判読できなかったのですが、何が書かれてるんでしょう?
堤防道路にありがちな建設省のクソデカ境界杭。これはたしか長良川。
歩道との位置関係でめちゃくちゃ出る杭になった建設省。
なんか昭和のアイドルっぽい建設省。
国営木曽三川公園河川環境楽園にて。
くーにっ!
同じく河川環境楽園の建設省。頭の部分にはさっきと同じ「国」の字が彫られています。
まる書いて建。
建設省シリーズはこのへんにしといて、愛知県常滑市で見つけた、いけず石的な境界杭。
市。
ここでした。
境界杭とはちょっと違うけど、岐阜県道381号多治見八百津線の起点を示す杭。
県の字が新字体なので、けっこう最近に設置されたものですね。
境界標を挟んで右側がよくあるアスファルト舗装、左側がなんかちょっとおしゃれな舗装になっています。左側は商業施設、右側には交番があります。
これはわかりやすい。
わかりやすい例をもうひとつ。こちらは東京都の法政大学付近。千代田区のマークが入っています。
区の歩道はアスファルト舗装されており、おそらく法政大学が自主的にセットバックしたであろう部分の歩道は、ちょっとおしゃれなブロック舗装になっています。
境界標がなんか側溝や歩道の中途半端な所に設置されています。
ここを境に、中途半端に歩道っぽいものができていたりできていなかったり。
……なんでこんなことになってるんだろう。公図見ればわかるかな。
歩道のど真ん中に境界標がある例は、東京都内にも。ただ、ここの場合、歩道をずっと歩いて行くとその原因がわかります。
ここ、小田急線の地下化工事で空いた空間に作られた遊歩道だったんですね。
元々道路として使われていた部分に加えて、地下化工事で空いた小田急の所有地を併せて歩道として整備したっぽい。
つまり、境界標より内側は、鉄道跡地。
場所によっては、複数種類の境界標が一堂に会してる所も。これは、大きな方が地下化後に設置された境界標かなぁ。
東京都の市ヶ谷駅付近。いかにも古そうな境界標がぽつん。
えっと……、筆界、どこ?
いや、マジでわからん。周囲を見回しても、同じ境界標は発見できず。
今は水道橋に転用されているこの橋がまだ人が通る橋として使われていた頃の名残とかでしょうか。
とまあ、こんなわけで、雑多に写真を並べて、好き勝手に感想を色々と書いてみましたが、どうでしょうか。
境界杭ってそれを打った主体によって色々とデザインが違っていたり、また、長い年月が経つにつれ、遺跡みたいな風格がでてきたり、事実それ自体が遺跡と同じような価値を持つようになったりと、充分に趣味たりえる対象ではないかなと思います。
ただ、こういう境界杭というものは、その性質上、場合によってはとてもセンシティブなものになりやすいのが、趣味として扱う上での最大の欠点かもしれません。撮影するにあたっても、周囲の安全を確保するのは当然のことながら、地権者に対する権利侵害にならないように気を付けつつ楽しみたいと思います。