広島へ行く用事があったので、せっかくだから広島電鉄に乗りたいって思ったんですが、諸般の事情で乗ることができず。悔しい気持ちを押さえつつ、広島バスセンターから原爆ドームまでの間ぐらいで撮り鉄してきました。
滞在して撮り鉄できた時間はわずかだったんですが、それでも、多種多様な路面電車と遭遇することができました。楽しかったです。
次に訪れる時には乗車したい……。
350形
350形は、軌道線の市内線から鉄道線の宮島線への直通用車両として、1958年に導入された車両です。導入当時は850形を名乗っており、Wikipediaには850形として記載されています。
設計最高速度は60km/h*1。当時の路面電車としては、かなり速い部類だと思いますが、これも、鉄道線の宮島線へ直通するためです。
ただし、この車両はATSが積まれていないので、現在は、実質的に市内線専用車両ですね。
広電の公式サイトでは、「現在では市内線運転士養成の訓練車としても使用されています」とありますが、350形は、現在、広電唯一の間接非自動制御車らしく、それでなんでしょうね。
700形
700形は、1980年代前半に製造された車両で、今でいうLRVのハシリみたいな車両です。古き良き「路面電車」からの脱却を目指した車両です。
800形
800形は、1980年代後半から90年代にかけて製造された車両です。単車としては同型車が最も多い形式です。
また、単車としては唯一の回生ブレーキ装備車です。
900形
元々は、大阪市交通局2601形電車として1950年代後半頃に製造された車両です。大阪市電の縮小・廃止に際し、1969年、14両が広電へやってきました。広電への譲渡当時、車歴10年ほどだったことになりますから、結構良い出物だったでしょう。
広電はこの頃、日本各地から、余剰となった車両を買いあさってますが、かつて活躍していた都市の色をそのまま使っています。この、茶色とクリーム色のツートンは、大阪市電の色をそのまま使ってるというわけ。
大阪市電2601形は、鹿児島市電にも譲渡されましたが、そちらは全廃済み。保存車はほぼ無いようで、広電で現在も現役で動いている6両を除けば、広電からソウル市京春線森道に譲渡され保存展示されている*2ぐらいな模様。
……そろそろ1両ぐらい、大阪に里帰りしてもいいのでは。
1900形
1900形は、元々は、京都市交通局900形として1950年代後半に製造されました。京都市電900形は、1970年にワンマン化改造された16両が1900形に形式変更され、この16両全てが1978年までに広電へと渡りました。
行先表示灯の大型化や冷房化など多少改造されましたが、塗装は京都市電の時のまま。
アニメオタク的には、ケムリクサで出てきた路面電車が、この形式です。車号は1901号ですが、この1901号という車号は、京都市電には無くて広電にしか無い車番なので*3ので、確実に、広電移籍後です。
3800形
広電初のVVVFインバーター制御車として、1980年代後半に製造されました。
3両に渡った連接車体で、海外ではともかく、国内ではこんなに長い路面電車はなかなかお目に掛かれませんね。
3950形
1990年代後半に登場した車両で、3900形という形式のマイナーチェンジ版とのこと。
当初は、高速走行時に横揺れするという問題があったそうですが、今は解消され、今は宮島線への直通運用で大活躍しているよう。
1000形
1000形は2010年代を通じて導入された車両です。超低床で独立車輪でっていういかにもLRVって感じの車両です。
設計最高速度は80km/hですが、市内線専用とのこと。
5000形
広電といえば、こいつって感じですね。5000形「グリーンムーバー」です。1990年代末から2000年代初頭にかけてシーメンス社で12編成が製造されました。
こいつが導入された頃、いよいよ日本各地に海外製車両が走るようになるのかと思いましたが、日本の事情に合わない部分が多かったり、部品調達に問題があったりしたようで。しかも、リコールが発生し、オーストリアのシーメンスの工場へわざわざ送ることになったりで、あまり良い買い物とは言えなかったよう。結局、共食い整備する羽目にもなっているようですし。
広電は結局、こいつ以降の低床車は日本企業から調達するようになりましたし、海外製の車両は後にも先にもこいつだけになりそう。
(旅行日:2014年11月6日)